おバカ人間養成所☆

 

最近、ブログの内容がぶっ飛び気味なような気がするナ。

 

今日は少し抑えて書こうかしら、と思うけれど、

 

やっぱりぶっ飛んで書いていこうと思うのである。

 

昨日も、嫁ちゃんはワタシのブログが全く理解不可能のようだったので、

 

稽古から帰ったワタシは一生懸命、お話して説明したのだけれど、

 

嫁ちゃんの脳みそはすぐにシータ波というパラダイスへ行ってしまうのである。

 

いつでもどこでも、すぐにシータ波になれるスゲー嫁ちゃんなんである。

 

脳波については以前に書いたので、今日は「脳みそと空手」を語ってみるのである。

 

 

 

どこかの国のペンフィールドというお医者さんだったか学者さんだったか、

 

ペンフィールドのマップ」と呼ばれる脳みその地図をお創りになったのである。

 

身体の各部位を刺激して、脳みそ(大脳皮質)のどの部分に反射しているか?

 

を示したマップなんである。

 

これを見ると、手は脳みその大部分を刺激する器官だということがわかるのである。

 

「手は、身体の外に出た脳である。」なんて言葉もあるんである。

 

なので、手や指を動かすと、ボケ老人になりにくい・・・

 

あ、失礼、認知症になりにくいとか言われるわけである。

 

また、幼いときにそろばんを習うと、計算力という脳みそも育つけれど、

 

細かく指を動かすというのが脳みそに大変よろしいわけなんである。

 

ピアノなんかも同様に脳みそによろしいわけである。

 

もちろんテレビゲームなんかもよろしいわけである。

 

人間が他の動物と違うのは2本足で立ち、手を器用に使えることである。

 

人間は手を使って、世界を支配し文明を発達させてきたのである。

 

手をよく使い、脳みそが他の動物とは比にならないくらいに遥かに発達したのである。

 

人間は賢いのである。それは手を使い、脳みそが発達したからということである。

 

その脳みそがその人の考え方や性格という自我、その人の個性とも言えるのである。

 

で、空手の稽古で手足を動かしている間も、常に脳みそに刺激が行っていて、

 

その人の自我を形成し、その人の個性という技が上達していくのである。

 

と、ここで突然だけれど、なんで?「空手」という名称なんだろーか?である。

 

素手で闘う、武器を手に持たないという意味では安易だし、

 

武術空手には武器術もあるから、これは違うはずである。

 

中国から来たから「唐手」が「空手」になったという説は、

 

ワタシの性格上、大っ嫌いでイヤなのでボツである。

 

なので、自分で考えることにしたのである。

 

 

先ずは、空手の「手」からであるが、

 

先述したとおり、「手」は脳みそ、脳みそは自我、自分ということである。

 

で、「空」なんであるが、空手の読みは「からて」なので、

 

「空っぽ」の「手」ということであり、

 

「手」は脳みそ、自我であるから、

 

「空っぽの脳みそ」、「空っぽの自我」と言えるのである。

 

つまり、

 

 

お釈迦さまの言う、「空の境地」。

 

 

結局、昨日のブログに無理やり結びつけてやるのである。どーだ。

 

空手とは「空の境地」を目指すツールなんである。

 

で、自我の脳みそを使う動きは、脳が指令を出して身体が動くまでに

 

コンマ何秒かの時間がかかるのである。

 

相手の動きを見て、脳が認識し、指令を出して身体が動くのには

 

コンマ何秒か時間がかかるということなんである。

 

つまり、闘っている2人は、お互いにコンマ何秒か経ったてからの動きという、

 

コンマ何秒後の世界でかみ合って闘っているわけである。

 

で、この大脳が「空っぽ」、「空」になると、0秒で動けるのである。

 

大脳が認識して指令を出すという時間がなくなるのである。

 

認識、指令、動きが同時になるんである。

 

で、片方の人は大脳を使い、もう片方の人は「空」で向き合い闘った場合、

 

大脳を使った人は、「空」の人のコンマ何秒か後の世界、

 

「空」の人のコンマ何秒か過去にいることになるわけである。

 

大脳の人からすると、「空」の人はコンマ何秒か先の未来にいる人間になるのである。

 

「空」になるとは、「今ここ」の現在になることなんである。

 

現実世界という現在には過去はもう存在してないから、

 

コンマ何秒か過去にいる人間が、現在にいる人間を捉えることは出来ないのである。

 

同じ場所にいても、意識によっている世界が違うのである。

 

空手を正しくやると、この「空」の脳みそになるかも知れないということなんである。

 

そんな「空」は大脳にはわからないのである。

 

そんで、ワタシみたいなおバカになるかも知れないということである。

 

だから「空」になんてならなくてもいいんである。

 

人生では正しい大脳を育てることが大切なんである。

 

でも空手は「空の境地」へのツールなんである。

 

どっちやねん。

 

あなた次第よ。

 

 

 

 

ワタシはさらなる「空の境地」を目指してる人間なんだから、

 

ワタシのお弟子さんたちが「空」に成る可能性は高いわけである。

 

で、ワタシがよく、

 

「手の力を抜け。」「手が動くのが早い。」「手は最後に動かせ。」・・・

 

などと言う意味がわかってもらえたと思うんである。

 

咲心館はおバカ人間養成所☆なんである。

 

 

 

 

おバカ人間養成所☆って、今日から、誰も稽古に来なくなったら、どないしよ・・・。

 

 

 

 

咲 心太郎

ワタシの「秘伝書♪」。

 

昨日のブログの終わりに5次元とか7次元なんて書いてしまったのであるが、

 

ワタシは30代の10年間、たくさんの書物やら人やら何やら・・・から、

 

神やら宇宙やら・・・とまぁ、自分でもあきれるほどいろいろ学んだせいだろーけど、

 

知らない間に勝手に独自の世界観みたいなものが、出来ちゃったのである。

 

で、昨日のブログを読んだ嫁ちゃんに「次元って何?」と聞かれ、

 

あ~、ワタシの世界観なんて知るわけないよなーと思ったのである。

 

そんで、嫁ちゃんとワタシのお弟子さんたちに説明しなきゃ。と思って書くのである。

 

念を押しておくけど、ワタシが学んだ、ワタシ独自の世界観だからネ。

 

わけわからん話だと思うし、長くなると思うけど読んでくださいね。

 

もし理解出来たら、ワタシと同じ意識レベルの技がすぐに出来るからね♪

 

これは、ワタシの「秘伝書♪」なんである。

 

って、ブログに書いたら秘伝じゃねーよ。

 

 

 

次元という言葉を使ってる本家本元は一般的な物理学で、

 

1次元は「点」、2次元は縦と横「平面」、3次元は縦と横と高さ「立方体」で、

 

ワタシらは3次元の「立方体」という「空間」にいるわけである。

 

で、ここからスピチュアル的な考え方も織り交ざっているかも知れないけれど、

 

この地球には「時間」というものもあるから、

 

3次元の「空間」に4次元の「時間」を足して3.5次元地球ということである。

 

また超難しい物理学では「超ひも理論」とかで9次元とか11次元なんだそうであるが、

 

科学者的な脳みそを持ち合わせていないワタシにはこちらは理解不可能である。

 

で、ワタシが一番馴染みやすいスピチュアル的な考え方なんであるが、

 

こちらはたくさんの人たちが、いろんな考え方をしているのである。

 

こっちでも9次元、10次元、11次元まであるとか言われているのだけれど、

 

スピチュアル的には、人間や意識のレベルに段階があるということなんである。

 

で、現在のワタシらは、3次元もしくは4次元レベルの人間であり、

 

ワタシらのいる地球レベルも3次元もしくは4次元レベルだということである。

 

身体は「立方体」であるから3次元、意識や心は4次元ということである。

 

地球自体も3次元、空、空気などは4次元ということである。

 

人間も地球も宇宙も「空間」という3次元と「時間」という4次元で出来ていて、

 

意識や心という実態のないものは「時間」という実態のないものと同じなんである。

 

過去の自分とか未来の自分とかである。

 

ここまではついてこれるかな・・・。もう無理?そんなん言わんといてー。

 

で、何年何十年も前から、この地球のレベルが5次元に進化すると言われていて、

 

5次元の地球には、3次元、4次元の人間は住むことが出来ないそうなんである。

 

それで、自分のレベルを5次元に進化しなさいとこの方たちは言っているのである。

 

3次元の身体はどーしようも出来ないから、

 

4次元の意識、精神、心を5次元にするしかないということなんである。

 

ホントかよ。

 

じゃ、5次元って何なの?ってなるんであるが・・・。

 

 

 

ここからはいきなり「仏教」である。がんばってついてきてね。

 

仏教の世界には、十界と言って、人間の住む世界が十段に分けられているのである。

 

・地獄界

・餓鬼界

・畜生界

・修羅界

・人間界

・天上界

 

この6つを六道と呼び、

 

・声聞界

・縁覚界

・菩薩界

・仏界

 

この4つを四聖と呼んで、

 

六道と四聖を合わせた十界である。

 

 

六道はどなたも聞いたことがあると思うが、

 

「六道輪廻」と言って、ワタシら凡人はこの6つの世界をグルグル廻っている・・・

 

ということなんである。

 

あまり詳しく書くと時間が足りないので、各世界の意味は調べてくださいね。

 

ま、文字を見れば、なんとなく意味がわかると思うけど。

 

 

で、お釈迦さまは、

 

「六道の輪廻の世界を超えて、四聖の世界に入りなさい。」と

 

説いたのだと思ったのである。

 

そんで、ワタシは、修行精進に励み、四聖のどこの世界なのかはわからないけど、

 

六道輪廻を超えた師と出会い、六道の世界を超える体験をいただいたわけである。

 

この師によって、ワタシは、この9番目の菩薩界を数日間、過ごしたのである。

 

で、すぐに六道に戻ったのであるが、その後すぐに7番目の声聞界の人間になって、

 

六道の世界に降りているんである。

 

六道の世界でしか、人間は学ぶことが出来ないからなんである。

 

人間は六道の世界で意識や精神や心を学んで、

 

10番目の仏界、もしかしたらあるかも知れないさらにその上の世界を目指すのが、

 

お釈迦さまの言う、生まれてきた意味なんだと思うのである。

 

菩薩界という、これらの世界があるという体験をしたのだから間違いないのである。

 

お釈迦さまの説く、これらの世界は自分の心の中にもあるということなんである。

 

 

そして、さっきの次元の考え方とお釈迦さまの十界を合わせて考えるのである。

 

お釈迦さまの十界を10次元として考えてみるのである。

 

今の地球や人間は、3次元、4次元であるから、畜生界、修羅界ということになる。

 

今の人間は畜生と修羅か・・・ほー、なるほどなー。である。

 

で、5次元の世界になるということは、5段目の人間界という世界になることになる。

 

六道の中では、2番目に良い心の世界である。今より良い世界である。

 

そんな人間界という世界、もしくはその上の天上界という世界を

 

この世に創り出そうと励んでいる人たちがいるんだそうである。

 

が、お釈迦さまは六道の世界を超えなさいと説かれているし、

 

六道の世界は、どうせ輪廻するからあまりよろしくないのである。

 

で、お釈迦さまの言う人間界というのが5次元世界だとして、

 

もしも地球と人間が5次元、もしくは6次元になったとしても、

 

そんな六道輪廻の世界をぶっ壊すと言うてるのが日月の神なのである。

 

日月の神さんは、仏教の7番目、声聞界以上の世界にすると言うているのである。

 

それで、昨日、ワタシと咲心館は7次元以上を目指すと言うたのである。

 

ワタシの空手は7次元以上の世界、仏教の7段目以上に行けるのである。

 

この話、わかる人いますかー?

 

また興味を持った人は、自分で調べて考えてみてください。

 

ま、ワタシの空手を正しくやってれば、いずれ勝手に7次元以上になってます。

 

なので、わかる必要はありません。

 

なら、書くなよ。

 

 

 

お釈迦さまは人間の死後もまったく同じ世界があると言うているんであるが・・・

 

死後に行く世界は、生きてる間にいる段階の世界になるそうである。

 

生きてる間は十界あるが、死後に行けるのは、いずれかの一界になるそうである。

 

ま、これは死んでみないとわからねーけど・・・

 

今日、お亡くなりになった志村けんさんは、7次元以上・・・

 

たぶん、菩薩界の人間だと思うんである。だから天国行きである。

 

なかなか上には行けないのにさすがですね。

 

そんな菩薩界の人間さえも殺すコロナは、やっぱりヤベーのである。

 

 

 

 

PS・・・ちなみに落ちるのは、簡単で誰でもすぐに行けるんである。

 

あっと言う間にこの世で地獄界の人間であるが・・・

 

その人間の死後の地獄界には、

 

等活地獄

黒縄地獄

衆合地獄

叫喚地獄

大叫喚地獄

・灼熱地獄

大焦熱地獄

・阿鼻地獄(無間地獄)

 

と、さらに8段階あるんだそうである。

 

一番下まで落ちたら、まず二度とは上がれないのだそうである。

 

地獄界だけには落っこちないように気を付けたいもんである。

 

ってか、人間ってやつは、地獄へも自ら進んで行くそうである。

 

地獄界から這い上がってきたワタシなんだから、これも間違いないのである。

 

生きてる間に地獄界を脱出することが出来て、あー、良かったーである。

 

 

 

 

今の自分は上へ向かっているか、下へ向かっているか・・・どの段にいるのか。

 

今日のブログを参考にしてね。

 

と、念のために書いておくのである。

 

ワタシの「秘伝書♪」なんである。

 

 

 

 

 

大丈夫かね、このブログ・・・知らんがな。

 

 

 

 

 

咲 心太郎

その差というモノ。

 

今日も午前中は咲心館の稽古だったのである。

 

さんざん、このブログでコロナのヤバさを書いてるくせに

 

感染する条件が見事にお揃いになった空手の稽古をやっていていいのだろーか。

 

ま、ワタシは空手の神ちゃまとククリヒメちゃまに使われてやってんだから

 

たぶん、守ってくれるから大丈夫なんである♪

 

って、たぶん!かよ。

 

もしも感染するようなことがあったなら、

 

それはそれで、空手の神ちゃまとククリヒメちゃまの良きお導きなんである。

 

って、どこか頭がおかしいのかしら、ワタシって。

 

で、そんな咲心館の今日の稽古に新たな体験希望者が一人来てくれたのである。

 

ワタシが営んでいるお店の常連客で、地元の方なんである。

 

あのね、ワタシね、昔はさ、ちょっぴりヤンチャなクソガキだったのね、

 

そんでさ、たぶんね、ワタシってさ、地元では評判が良くないのね、あらいやだ。

 

でね、稽古生には地元の人間がいなくてね、みんな他の市町村の人ばかりなの。

 

そんなワタシの空手へ、地元の人間が来てくれたんであーる。

 

 

もう、めっちゃ嬉しい。

 

 

に決まってるじゃん。である。

 

しかも、この方は、なんと、

 

 

75歳☆

 

 

なんである。

 

空手はもちろん、何か特別にスポーツもやってきてない、

 

 

普通に元気なオジちゃん

 

 

なんである。

 

そんで、みなさんと一緒に稽古をやったんであるが、

 

基本稽古の手技はこなしたけれど、予想通りに足技の途中でリタイヤに。

 

稽古開始から30分ほどでリタイヤとなって、残りは見学して帰られたのである。

 

まぁ、75歳と高齢だし、初めての空手だから仕方ねーのだけれど、

 

初めて高齢の方と稽古をしてみて、「何もやってないとこんなに動けないのか・・・」

 

と、ちょっと衝撃を受けたのである。

 

数年前にワタシは沖縄空手の新里先生の型の動きを初めて動画で観たとき、

 

70歳半ばにして、キレとスピード、そして、その空手のパワーに

 

「こんなオジちゃんが、なんでこんな動きが出来て、こんなパワーがあるんだ!」

 

と、今日とは真逆の衝撃を受けたのである。

 

ま、今日の稽古に来た方と新里先生を比べることは間違いかも知れないが、

 

長年、空手に打ち込んできた人間と、普通に暮らしてきた人間の、

 

その差というモノ。

 

に、やはり、生き方というものは大事だな~と痛感したわけである。

 

で、ワタシがこの方たちの年齢になるまでには、まだ25年あるわけである。

 

この25年をどー生きるかによっては、

 

今日の稽古に来たくれた方よりも、動けない自分になる可能性もあるし、

 

また、新里先生よりも、スゴい空手が出来る自分になる可能性もあるわけである。

 

どっちを選び、25年後はどーなるか?は、自分が決める生き方次第なんである。

 

あ、もうワタシは、空手の神ちゃまとククリヒメちゃまに決めらるんだった・・・。

 

どっちにしても新里先生よりもワタシの空手がスゴくなることは決まってるんである。

 

って、どの口が言うとんねん。

 

言うてないわい。手で打って書いてんだよ。

 

あー、やっぱりワタシの頭って、どこかおかしいのかしら・・・。

 

そんでまた、今日の稽古に来てくれた、この75歳のオジちゃんを

 

なんとか上手く説得して、入門させたいとも思うんである。

 

そして、5年後、80歳になったこのオジちゃんが、75歳の今よりも、

 

めちゃくちゃ動けるオジちゃんに♪

 

変貌させてみたいのである。

 

「今より、より良く。」がモットーの咲心館なんである。

 

人間はヤル気さえあれば、75歳からでも良くなれるんである。

 

今の自分からスタートして、過去の自分と未来の自分の、

 

その差というモノ。

 

その人間自身の何かしらの過去の自分との差を良くするんである。

 

それが出来たら、ワタシの指導力、そして空手もまた良くなるんである。

 

と、こんな楽しい空手をずっと続けていきたいから・・・

 

 

コロナちゃん、早よ、死んで♡

 

 

と、神にお祈りを捧げると同時に、

 

 

本物のバカ人間ちゃん、世を壊さないで。

 

 

と、心からお願い申し上げるのである。

 

って、なんとかならんのかねー。

 

 

 

 

スピチュアル的には地球が5次元世界になるとか言うてますが・・・

 

ワタシと、その空手は7次元以上を目指しておりまーす。がんばろ。

 

7次元って、どんな世界なんだろーね。

 

と、やっぱり、どこか頭がおかしいのかしらね、ワタシって・・・。

 

 

 

 

咲 心太郎

生きる極意♪と奇跡☆

 

ビックバンが起こってこの宇宙が始まってから、138億年だそうである。

 

地球が誕生して、たしか46億年だそうである。

 

生命が誕生してから30億年?だったっけ、35億年?かな。

 

人類誕生がたしか500万年、現生人類が1~2万年だそうである。

 

おバカなワタシの脳みそなので、学習記憶が曖昧で、多少の間違いは堪忍してね。

 

で、この膨張している広大な宇宙というモノの原初を探っていくと、

 

この宇宙の最少物質に辿り着くそうなんである。

 

その最初の最少物質がビックバンを起こして散らばり、星や銀河となり生命が生まれ、

 

ワタシらが存在しているそうである。

 

宇宙に存在するすべては、この元の一つの物質から出来ているということである。

 

この物質がバラバラ散らばって、別々に集合したモノがそれぞれの存在だそうである。

 

で、この宇宙を構成している存在する全てのモノの中で、形としてあるものは、

 

今現在は宇宙全体の5%ほどで、残りの95%はまだよくわからないのだそうである。

 

この宇宙の科学を自分に当てはめて、自分の誕生というものを考えてみるんである。

 

今の自分が在るのをさかのぼってみると・・・

 

両親~現生人類が1~2万年も命を繋いで、原始人類が500万年も命を繋いで、

 

何かの生命体たちが35億年も命を繋いで、地球が46億年生きてくれて、

 

138億年も宇宙が生きてくれて、最初の物質がビックバンを起こしてくれて、

 

こんな長い時間という年月と奇跡があって、自分は誕生してきて今が在るんである。

 

あ~、ワタシって、なんて貴重な存在なんだろーか・・・である。

 

でも、太陽や地球や月、銀河・・・ぜ~んぶひっくるめても宇宙の5%ってことは

 

なんとまぁ、どんだけちっぽけな存在のワタシなんだろーか・・・である。

 

こんな長い年月をかけた広大な宇宙の中に生まれたワタシは、

 

この時この場所にとんでもない確率で生まれたことになるすごく貴重な存在であるが、

 

それと同時に、

 

いてもいなくてもどーでもいいほどのちっぽけな存在でもあるということである。

 

なので、すごく貴重な存在なんだから、人生をとても大切にして生きるけれど、

 

ちっぽけな存在なんだから、どーなってもいいと開き直っても生きるのである。

 

 

生きる極意♪である。

 

 

で、宇宙が生きている138億年の中のせいぜい人生100年である。

 

ワタシの残りはたったの50年かよ。

 

やっぱり貴重である。

 

が、宇宙の存在の5%の中って、ワタシはいったい何%なんだー。

 

0.000000000000000000000000000000…?%。想像も出来んがな。

 

とてもちっぽけである。

 

で、ワタシらの存在が出会うってのは、トンデモナイ奇跡☆だと言うんだナ。

 

やっぱ大切にしよーね♡

 

おしまい。

 

 

 

 

 

咲 心太郎

 

この世初って二度とない大峠!?

 

毎日、コロナが気になって、ネットを見る機会が増えたのであるが、

 

ユーチューブなんかを開くといろんな情報を発信している人が出て来るんである。

 

で、なんとなく気になった動画を観ると、「お~そういうことだったのかー。」と、

 

ここ最近、どんどん「日月神示」の理解が深まっているのである。

 

15年くらい前にハマった「日月神示」なんであるが、

 

当時は、自分の人生指南書として熟読していたのであるが、

 

これは、どうやら、やっぱり、ホンモノである!と思うのである。

 

で、今回のコロナは、神の働きではなくて人災のようである。

 

てか、この人災すらも、御見通しの「日月神示」だったんである。

 

日月神示」では、イシヤの仕組みというんである。

 

イシヤという、ろくでもねー人間の集団が仕組みをしているということである。

 

コロナ問題のおかげでようやくこれらの意味がわかってきたのである。

 

で、このワタシの勘や考えが外れてなければ、いよいよが始まったのである。

 

神が創ったゲームのクライマックスの始まり、ラストステージの始まりである。

 

この世初って二度とない大峠!?である。

 

おそらく、ここ10年~20年は、激変、激動の時代となり、

 

未知なる、想像を超えた、人災天災、いろんなことが起こるかも知れないのである。

 

過去にはない、比べ物にならない超難関のラストステージ・・・かも!?

 

これをクリアすると、どなたもこのゲームのハッピーエンディングを迎え、

 

そしてまた神が創る新たなゲームに移行するんである。

 

なので、感染予防と感染拡大防止も大切であるが、もー止まらんだろーから、

 

免疫力をUPし、この激変、激動に耐えうる心と精神がもっと大切になるんである。

 

ま、こんなことばかり書くと不安になる人やワタシをアホだと言う人が多いと思うが、

 

ワタシはアホではなくてバカなのだけれど、

 

ワタシは困難を耐え切り、生き延びることへの心の準備をおススメしているんである。

 

そう言うてるワタシも生き延びれる保証はないのであるが・・・。

 

でも、ワタシは日月の神ちゃまはもちろん、たくさんの神を信じて生きてきたから

 

どんなことになっても助けてもらえると信じているので、安心して過ごすんである。

 

と、「日月神示」を知らない、神を信じない人には、どーでもいい話なんである。

 

だけど、ちょっとでも気になる方は、ちょっとでも信じた方がいいんである。

 

で、今回のコロナの問題以降は、信じる人か、信じない人に分けられるんである。

 

10年~20年後の世界には、どちらかの人間しか存在出来ないようである。

 

で、ワタシは信じる方の人間として書いているので、

 

信じない人は、ワタシのブログを読むとムカつくはずだから読まないでくださいネ。

 

でもね、「旧約聖書」とか大乗仏教の「法華経」とか・・・

 

日月神示」以外のいろんな書物にも、

 

表現の仕方は違うけれど、同じようなことが書かれているようなので、

 

どうか、ご自分に合った「書」を見つけて読むことをおススメするのである。

 

読むのがイヤだったら、これらの「書」に詳しい人をネットで探して見てください。

 

って、ヘンな宗教団体にもお気を付けくださいネ。って、ワタシがヘンてか。

 

そんで、信じなくてもいいけど、知っておいてもいいと思うのである。

 

で、もしも、何も変化が起こらずにコロナ問題が終息したときは、

 

ワタシをバカ者扱いして大笑いすれば済むだけの話なんである。

 

しかし、今日までは、これらの「書」や現代社会の仕組みに精通した人たちが、

 

2ヶ月以上前から言っていた通りになっている現実があるんである。

 

旧約聖書」や「法華経」はもっともっと前に言っているんである。

 

で、おそらく、これらの「書」に乗っかって、勘違いしたバカがやってるんである。

 

オウムのサリン事件と同じで、今回は世界中での超拡大版ということである。

 

今回のバカはオウムとは違って、世界の大権力でハイレベルだからヤベーわけである。

 

で、このバカな連中がバカなことをやることを「日月神示」は見抜いていたんである。

 

15年も前に読んでいて、それがわからなかった、やっぱりバカなワタシなんである。

 

って、わかったところでどーすることも出来ねーし、今、わかったからいいんである。

 

 

 

 

それで、くれぐれもご用心である。

 

用心しても損はないのである。

 

用心しないのを平和ボケというのである。

 

平和ボケの心と精神は、非常時になると脆くて弱いのである。

 

その弱くて脆い精神を用心して守るんである。

 

 

そして困難な中でも笑う心、困難な中でも良くなる未来を信じる精神、

 

周りの人を大切に思う心、互いに助け合う精神を育て、平和ボケを卒業するんである。

 

この心と精神があれば、何が起こっても起こらなくても・・・

 

ハッピーエンディングと新たなゲームが待っているんである♪

 

 

 

 

「何でこんなに空手にハマったのか?」長年の自分の謎が解けたのである。ラッキー♪

 

 

 

 

 

 咲 心太郎

人生のカラクリ。

 

TVゲームなどで、ロールプレイングゲームというモノがあるが、

 

どなたもやったことがあると思うのである。

 

あるキャラクターを自分に見立てて、ゲームを進めていく・・・

 

ワタシも昔はゲーム大好き人間で、

 

K-1選手になって自分を育てたり、競艇選手になって育てたり・・・

 

まぁ、ゲームでいろんな世界を疑似体験してお楽しみになったわけである。

 

ハマり込むほど、リアルな気分になって現実のように思ったりしたのである。

 

で、最後までクリアしていくと、ハッピーエンディングとなってゲーム終了である。

 

最後までクリア出来ず、途中でゲームオーバーなんてこともあるのである。

 

と、ハッピーエンディングに向けて、またやり直しである。

 

ゲームのスタートから最後のエンディングまでには、

 

ゲームの進め方はいろいろあるが、ハッピーエンディングは1つで決まっている。

 

コレ、どうも、人生と同じなんだそうである。

 

TVゲームのキャラクターは、仮想の自分であって自分じゃない、

 

ゲームを操作してるのが本当の自分で、ゲームのキャラクターは自分の疑似体験・・・

 

今の自分を操作してるのが神で、今を生きてる自分は神の疑似体験なんだそうである。

 

つまり、今の自分というのは神がゲームでお遊びになっているということなんである。

 

で、ゲームにハマり過ぎた神が、人生というゲームのキャラクターである仮想の自分を

 

本当の自分だと思い込んでいるのが、ワタシら凡人という人間だそうである。

 

コレ、わかるかね・・・。

 

けど、もうちょい進めるね。

 

で、誰しもそれぞれの人生は、1つだけ決まっているハッピーエンディングに向かって

 

人生ゲームというモノは進んでいるんであるが、

 

ゲームのキャラクターを操っている神が、ゲームのキャラクターを自分だと思い込み、

 

ゲームのキャラクターもまた、自分が神に操作されていることを忘れて、

 

操作する者と操作される者がわやくちゃな状態が、今の人生ゲームなんだそうである。

 

で、操作を失敗して、途中でゲームオーバーとなり、

 

ゲームのキャラクターは死んでしまうけれど、

 

ゲームを操作してた神は、死なないので、

 

ようやくその時「ゲームのキャラクターは自分じゃなかった。」と、思い出して、

 

新たなキャラクターで再びゲームを始める・・・ハッピーエンディングまで繰り返す。

 

これが人生のカラクリなんだそうである。

 

信じられますか?

 

もし、これが本当ならば、人生の失敗はあなたのミスではなくて

 

神の操作ミス、もしくはそれがゲームの設定ということになるんである。

 

なので、失敗と思われるような人生であっても生きているということは、

 

まだ、ハッピーエンディングに向かって神がゲームを進めているのでもある。

 

その神の操作を信じることが、神に身を委ねるということである。

 

が、ヘボい神だと、操作を失敗して、すぐにゲームオーバーになってしまったり、

 

ヘボい神が創るゲームの内容やハッピーエンディングよりも、

 

スゲー神が創るゲームの内容やハッピーエンディングは、

 

当然、素晴らしいモノになるのだから

 

自分を神の世界にアピールして、スゲー神に操作をチェンジしてもらえるか!が、

 

神のゲームのキャラクターであるワタシらという存在が出来る、唯一の仕事である。

 

また、ゲームのキャラクターは、存在してるようで存在していないモノでもある。

 

人間とは存在しているようでしていないのである。

 

TVゲームのキャラクターと同じようなモノなんである。

 

神が創った宇宙の中の人生というゲームとそのキャラクターであるワタシらは

 

ゲームオーバーかハッピーエンディングのどちらかで消える・・・

 

消えると言っても、神が創ったゲームの世界からそのキャラクターが消えるだけで、

 

そのキャラクターを操作してた神とその世界は生き続けるということなんである。

 

で、その神は新キャラを使って、またゲームを始めるんである。

 

今の自分は、神という自分が創ったゲームのキャラクターだったということである。

 

ゲームの中で操作される仮想の自分というキャラクターが消えても、

 

ゲームの外でこのキャラクターを操作する自分は消えないのである。

 

このことを知り、この神に操作を任せるように成るのが修行精進であり、

 

これからの人生ゲームの進め方なんである。

 

そして、どなたにもハッピーエンディングが待っているんである。

 

と、書いてる自分で、なんのこっちゃである。

 

はい、おしまい。

 

 

 

 

うぅむ、どーしよー、コレ、アップしよーかな・・・。

 

書き直すのめんどーやし、ま、いいか。

 

 

 

 

 

咲 心太郎

咲心館空手の真髄♡

 

オリンピックの延期・・・で、東京都知事の小池さんの登場である。

 

コロナ問題では、今までぜんぜん取り上げられなかった東京が、

 

たった一日で、コロナ問題の主役に躍り出る・・・

 

ホント、テレビの報道なんていい加減なもんですなー。

 

ずっと前から、ワタシは情報操作を行うテレビの報道を一切信じない人間なのである。

 

で、インターネットの時代なんだから、今の世界中の未知なる危機的状況のことを

 

ご自分で調べて、確かな人たちから確かな情報を得ることをおススメするんである。

 

で、確かではないワタシが確かだと思う人は、確かではないかも知れないが、

 

ワタシが得る、確かな情報から考えると、かなりヤベー状況になっているんである。

 

この方たちから2ヶ月くらい前に得た情報の通りに今なっているんである。

 

で、この方たちの今の情報では、今後さらに悪くなるということなんである。

 

ま、世の中の未来に絶対なるモノは存在しないから、今後良くなるかも!?でもある。

 

が、今より悪くなった時の過ごし方や、その時を想像して準備した方がいいのである。

 

準備しておいても何もなかったとしても、どーってことないけれど、

 

何かあった時に準備してねーと大変なことになるかも知れないのである。

 

しかし、今の日本人ってーのは、不安なことや怖いことから目をそらし、

 

すぐに逃げたがり、そのうち誰かが問題解決をやってくれるだろーとか、

 

自分には関係がないことだと他人事のようにして気にせずに過ごすという、

 

 

平和ボケ重症化人間

 

 

が、あきれるほど多いのである。

 

で、このコロナ問題は、今までとはちょっと違うということにも気づけないのである。

 

不安を無視した楽観とか、恐怖から逃げて安心というのは、

 

真の楽観、真の安心ではないんである。

 

また、どーでもいいなんて投げやりな人間は愚の骨頂、論外である。

 

そんで、最悪の事態が起こったりすると

 

「政治家が悪い。」「中国が悪い。」「アイツのせいや。」「オマエのせいや。」

 

と、大騒ぎした心で他の人に責任を持たせ、自分の心を守ろうとする・・・

 

 

やっぱり平和ボケ重症化人間

 

 

ばかりなんである。

 

平和ボケ人間とは、楽そうな人間、幸せそうな人間のようであるが、

 

自分の心の中にある、本当の不安や恐怖を知らない哀れな人間なんである。

 

で、今回のコロナ問題では、これ以上、良くない方へと進むと、

 

どなたも自分の心の中にある不安や恐怖を炙り出されることになるのである。

 

どこへも逃げられず、誰のせいにしても逃れられない不安や恐怖が待つのである。

 

なので、食糧や生活必需品の備蓄などの準備も大切なんであるが、心の準備、

 

 

最悪の事態を迎える心構え。

 

 

も、怠らないようにしておくことをおススメするんである。

 

ワタシは、過去にワタシの人生問題で今回のコロナ問題によって起こるかも知れない、

 

同じような不安や恐怖というモノを経験済みなので、たぶん大丈夫なんであるが、

 

10年近くに渡ってどんどん大きくなっていくという相当な苦しみだったのであるが、

 

この苦しみを経験していない人が、ワタシより遥かに短い期間で一気に、

 

この同じ苦しみ、またはもっと大きな苦しみを経験することになったら・・・と

 

これが一番の心配なんである。

 

ま、そう言うても平和ボケした今の脳みそと心ではわからんだろーけど・・・。

 

でも、人間の心は皆同じなので、一応、心の準備を知らしておくのである。

 

 

・毎朝晩、神か仏を心で拝むこと

 

・「ありがとう」の心を知ること

 

・「ごめんなさい」の心を知ること

 

・今、在ることや周りにいる人を大切に思うこと

 

・出来るだけ笑顔で過ごすこと

 

・いつかすべてを失うことを覚悟しておくこと

 

・その失うすべてを愛すること

 

 

咲心館空手の真髄♡でもある。

 

 

 

 

いざというときに心の助けになるから、頭の片隅に置いておいてちょ♪

 

 

 

 

 

咲 心太郎