「起承転結」と「守.破.離」。

 

「365日、毎日書くゾ!とりあえず100記事だー。」

 

と、このくだらねーブログも50記事を超えたのである。

 

ま、‘内容はなんもナイヨウ‘なブログだけれど

 

ワタシがこんなに文章を書けるなんてワタシを知る人の中には

 

驚いている人もいるかも知れないのである。

 

あのね、「ワタシは天才なんである。」自分で言うな、バカ。

 

実はネ、ワタシね、武の師だけじゃなくてね、仕事の方にもいてね、

 

数年前に累計100万部の本の著者でコンサルタントの先生に

 

3年間ほど文章の書き方を仕込んでいただいたんである。

 

その方の指導法が「とりあえず書け。とにかく書け。」である。

 

で、とりあえず手書きで文章を書いてFAXで送る。

 

その後、電話でダメ出しのオンパレードである。

 

でも、どう直したらいいかは教えてくれないんである。

 

そんで、自分で考えて直して書いてまたFAXするんである。

 

またまたダメ出しのオンパレードである。

 

その繰り返しである。

 

そんな2年が過ぎた頃・・・

 

「オマエ、もう文章は上手く書けるようになったナ。」

 

と、ようやくお褒めの言葉をいただけたんである。

 

「でも、内容が・・・ナ。」

 

である。トホホ。

 

 

 

 

内容に関してはワタシの脳みその問題だからどーしようもないんである。しかし、3年間、みっちりきっちり指導を受けたんである。「やるって言ったヤツで、今までに続いたヤツは一人もいないゾ。」と最初に言われたんである。そしてワタシの心は燃えるんである、こういうの。で、最初に教わったのが‘起承転結‘である。「どんな短い文章にも‘起承転結‘でリズム感を持たせろ。」・・・なんのこっちゃ?である。で、とりあえず書いて送ると「これは起承転結じゃない!起、起、転、起になってるじゃねーかー!」って叱られるんである。ま、当時は脳みそがパンクするんじゃなかろーかてな日々だったけれど、今となっては笑える思い出である。で、ワタシがなんで褒めてもらえるまでがんばれたか?やはり空手のおかげなんである。武道には「守.破.離」という教えがあり、ワタシはすでに空手でこれを体験していたからである。「守」は師の教えを徹底的に守るんである。言われるまま素直な心で師の全てを信じてやるんである。それを何年か続けてると「師の言う、ここは、こうしてみよっかなー。」と自然に「破」の段階になり、自分のやり方を少し取り入れるようになるんである。師の教えを守りながらも少しだけ自分のやり方を織り交ぜるんである。これをまた何年か続けてると「離」という段階に自然となり、「すべてを自分が思うまま」にやるようになるんである。師とは違った自分の形が出来るんである。そして「青は藍より出でし藍より青し」となるんである。‘青‘は弟子で‘藍‘は師である。師のいる方はこの意味が心の実感でわかる日まで頑張っていただきたいと思うんである。で、そのときの自分に歓びおったまげていただきたいと思うんである。ちなみに正拳突きも、スーと動き始め、加速し、バーンと弾けて、引いて構えに戻る、という起承転結なんである。また空手の型なんかは、師に教わったやり方で型稽古をやり続けて「守.破.離」の段階を正しく踏んだら…師とは違った美しい型になるんである。

 

 

コンサルタントの先生とは、ここ数年、疎遠になっているけど

 

先生に教え育てていただいたワタシはこうしてブログに活かせているんである。

 

ネタさえあったら、いくらでも、すぐに書けるんである。

 

でも、この文章を先生が見たら・・・

 

「起承転結がむちゃくちゃじゃねーか!書き直せー!」

 

って叱られるに決まってるんである。

 

でも、ぜんぜん平気なワタシなんである。

 

で、先生はそんなワタシを微笑んで認めてくれるんである。

 

「離」の段階とはこんなもんである。

 

 

 

 

後は人を楽しませる内容でさえあれば…問題ナイヨウとなるんだが・・・だめ?何が?

 

 

 

 

咲 心太郎