後のないワタシの‘先‘

 

ようやく国のお偉いさんたちもおちゅうごく産のウィルスの話をするようになったネ。

 

でも、責任追及てな、やっぱり権力争いしかやらんのである。

 

で、肝心なことは後手後手の対応である。

 

何事も後手に回るとキツいんである。

 

‘超‘が10個くらい付くおバカなワタシは

 

遊び過ぎと空手にハマり過ぎて、ずっと後手後手後手後手・・・の人生である。

 

受けて受けて・・・躱して躱して・・・凌いで凌いで・・・

 

東尋坊の崖っぷちを背にして歩いてるような人生である。スリル満点である☆

 

振り向いたら崖下に落っこちてしまうから前進するしかないんである♪

 

でも前へと進む道は、かなりの急な登り坂なんである。

 

と、後手に回るとロクなことがねーのである。キツい人生になるんである。

 

まぁ、それもある意味、楽しいんだけどネ。

 

でもやっぱり何事も先手必勝がいいんである。

 

先手打ってヘマこいてもどうにかなるけど、後手でヘマこいたらジ・エンドである。

 

だから後手の人生という中でもなんとか先手を取って必勝を狙っているんである。

 

そんなワタシだからこそ、ワタシにとっての本当の‘先‘を知れたのかも!?である。

 

で、今日は、そんな後のないワタシの‘先‘というモンのお話しをするネ。

 

じゃ始めるネ。

 

 

 

 

先(せん)を取る。攻防においては先を取ると有利になるんである。将棋や囲碁のように先手と後手が一手ずづ交代ならばさほどでもないけれど、空手や人生の攻防においては、先手に成りっぱなし、後手に成りっぱなしがあり得て先手に成れば有利で後手に成れば不利である。で、空手の攻防では先を取るには‘3つの先‘、3つのタイミングしかないんである。先を取るとは、仕掛ける、攻撃を出すということである。そして攻撃を出すタイミングは3つしかないということである。で、まずは「先の先」である。もーこれは自分から仕掛ける、相手が動く前に自分が先に動くという、まったくもっての先である。サンドバックを相手に打つようなもんである。超簡単である。それでやりたい放題で一方的に圧勝となれば良いのだけれど、相手が人間となると相手も打って来てそう簡単にはいかんのである。相手が打ってきたり仕掛けられた瞬間に後手になってしまうのである。だから相手が先に動いてきても先を取るんである。その一つが「後の先」である。相手が出した攻撃を受ける捌く躱すなどして、その相手の攻撃の動作が終わる前に攻撃を出して先を取るんである。「先の先」よりも相手を崩した状態であるから有利になる。さらにこれより有利になるのが「後先の先」である。相手が攻撃動作に入るのを見切り、その攻撃を今まさに出そうとするその初動が始まった瞬間に攻撃を出して先を取るんである。いわゆるカウンターというやつである。これはものすごーく有効で有利になるんである。この「後の先」と「後先の先」は相手が攻撃中であるということが前提である。相手の攻撃の動作が終わってから攻撃を出すは「先の先」であって、かなり多くの人が「先の先」を互いに無意識に交代しながらやっているだけなんである。強ぇー人は猪突猛進で「先の先」だけで上手くやれるだろうけど、そんな強ぇー相手に攻撃を出されて自分が後手となるときに「後の先」や「後先の先」で先を取ることがワタシらのような弱い人間には必要なんである。そんでこの先をしっかりと身に付けるんである。で、この‘3つの先‘、この3つのタイミングを突き詰めながらやっていくと、意識が変わってもう一つの先が観えるように成るんである。相手が攻撃しようと意識したことがわかり、その攻撃動作に入るどころかその意識が動く瞬間に動いて先を取るんである。人間が脳みそに指令を出して動き出すまでにはコンマ何秒か時間がかかるんである。このコンマ何秒の間を狙い撃ちである。これは相手の意識に自分の意識で脳みそに仕掛けるという、意識の高等技術である。最高の先である。これをやられちゃった相手の脳みそは大パニックになっちゃうんである。そんで動けなくなって、まるでお人形さんである。お人形さんが相手なら楽勝である。やっぱ武というモンは深ぇーのである。

 

 

 

こんくらい出来るように成ると、勝ちてー、強くなりてーなんて思いもなくなるし、

 

向上心てなモンがどんどんなくなって、廃人みてーに成りかねないのである。

 

でも、こんくらいに成ると自分の心が摩訶不思議に成ってもいるんである。

 

武は深ぇーのである。とても素晴らしいのである。

 

こうして空手では他人さまより少し前に出れたけれど

 

人生の他のことを放ったらかしでやってきたんだから当然っちゃー当然であるけれど

 

後手後手の崖っぷち人生になっちゃったわけでもある。

 

が、それが起爆剤となって、咲心館という、ワタシの向上心の復活である。

 

そんで空手というもので、後手の人生の先を夢見るわけである。

 

どう成るか?は精一杯やってれば、いずれ結果が出るのである。

 

良い結果か?良くない結果か?は偉大なるククリヒメちゃまにお任せである。

 

うまくいくといいね。

 

 

 

 

ま、とりあえず、向上心が復活して、廃人みてーに成らずに済んで良かったー。

 

 

 

 

咲 心太郎